2006年03月09日

離島日記(その3)

2/23 雨

 0700に起床し、すぐにガスコンロに火を入れ朝食の準備をした。夜中に雨が降ったらしく、地面は少し濡れていた。朝食は芯の抜け切れていない炊き込みご飯と味噌汁。しかも薄い。煮込みが少し足りなかったようだ。

 一夜を過ごした星砂の浜のキャンプ場を後にし、バスで浦内橋へ移動した。今日は船で浦内川を遡上し、滝を見学するツアーに参加した。浦内川の水には海水が含まれていて、そのために川の両岸にマングローブ林が生い茂っている。マリュドゥの滝は船着場から30分ほど歩いたところにある展望台から見ることができる。滝の近くにも行けるらしいが、このときは通行止めで見ることはできなかった。

urauchi3.JPG

 さらにその先を進むとカンピレーの滝がある。このあたりは雨のせいか大変よくすべるので、歩くときにはかなり気を使わなければならなかった。暫くの間滝を眺め、飽きたので(?)また1時間ほどかけて船着場へ戻り、船で浦内橋へと戻った。バスの時間まで余裕があるため、ここで昼食の後自由時間となった。昼食は今朝炊いた炊き込みご飯をおにぎりにしたものだった。侘しい。腹は満たせるので耐えるしかないか。鮭のふりかけを使ったので何とか食べ切ることはできた。

 浦内橋の乗り場には資料館が併設されており、西表島の珍しい動植物の写真を見ることができる。たとえばイリオモテヤマネコ。写真はこちら。

neko4.JPG

 1455時にバスが到着し、舟浮までの船に乗るために白浜へ。しかし、船の時刻に変更があったらしく次の便が1750発であった。思いがけず2時間半ほどの自由時間を得た。こういうことができるのは夜の遅い西表だからこそだろう。この間はバスの運転手氏との世間話や追加の買出しをした。

 1600時の気象通報が始まるのでラジオを点けたが、おかしい。日本語が聞こえない。朝鮮語や台湾語ばかりで日本語の放送がさっぱり聞こえない。個人装備のラジオを取り出して調整したところ時間前に何とか周波数を合わせることができた。肝心の天気図だが、二回目だけあって前回に比べて少しは書けるようになった。もっとも、書いている途中で雨に降られたために紙がふやけてしまい、書きにくかったことも事実だが。

 そんなことをやっているうちに船の出航時刻が近づいてきたので、桟橋へ移動し乗船した。西部の小さな集落である舟浮までは15分ほどの船旅。この航路は舟浮の住民の生活に欠くべからざるものであるらしく、学校給食に使うのであろう食材の輸送も引き受けていた。人口50人ほどの小さな集落である舟浮へは連絡手段が船しかないことから陸の孤島と呼ばれている。通常、こういった二つ名は交通が不便であることから蔑称として用いられるが、観光地だからなのか看板に誇らしげに書かれていた。

 舟浮の集落から20分ほど山道を歩くと今宵の幕営地であるイダの浜に到着した。今宵というのも、この時点ですでに1840時と普通なら夕食が終わっていてもおかしくない時間帯での到着であった。実際には経度の関係でかなり明るかったが。到着後すぐにテントを張り、ガソリンストーブをつけようとしたがなかなか着火しない。ようやく火がついたころにはパーティーリーダーがガソリンストーブを使わないと決定したため、いらぬ苦労をする羽目になった。

 夕食はバーベキューの予定だったが、なぜか白浜で焼きそばを買い込んでいたために焼きそばとなった。しかもおかずとして。関西人はお好み焼きをおかずとして食するそうだが、このときはそれと同種の理不尽を感じた。

 毎度思うことだが、雨の日が好きだという人の気が知れない。雨が降ると装備が水を吸って重くなる。特にテントと衣類が深刻だ。さらに、テントの中で食事の用意をするために中は蒸し暑くなる。良い事など一つもない。行程中ずっと晴れという訳にいかないのは承知していたが、実際に降られると気が滅入る。たとえ高性能の雨具を着て、防水対策を完璧に施そうと同じ事だ。地面は滑りやすくなり、跳ね返る泥で服は汚れ、上から雨具を着ているために温度調節もままならない。

 だがその分、雨上がりになると気分が高揚するのかもしれない。

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posted by 火銛 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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